2013-09-29

マラカスの収穫



マラカスっぽいやつが、ひょうたん南瓜です。

6月に植え付けたときにへたれて籠をかぶせてあった苗のかぼちゃです。
その日に日記
ツルは猛暑で一時危ない状態も乗り越え、今めちゃくちゃ元気。
茂りすぎて、畑の8割くらいがかぼちゃ畑になっている状態。
マラカスみたいな実もあちこちにたくさん転がっている。
しかしこのままでは、大根や小松菜やほうれん草などの冬野菜を
植える場所が無いのでちょっと困ってしまっている状態。







ゴーヤーもまだまだ元気。
佃煮を作るほどではないが、我が家では毎朝ゴーヤージュース
(レンジで蒸したひょうたんかぼちゃに、自家製甘酒入り)と
ほぼ毎晩肉無しのゴーヤーチャンプルー。
毎日でも全然飽きないんだよね、これが。

ひょろ長くない形のかぼちゃ、母曰く「へちゃむくれ」のかぼちゃも
収穫できている。が、あまり味がなく美味しいとは言い難い。
でも色々にして食べています。



2013-09-26

こんな顔と遊んでます








どう?
楽しそう?

2013-09-25

これは何という食べ物でしょうか?





ヒント:柿ピーが乗っています。

(全くヒントにならないかしら?わははは!)






また今度紹介します。


週末はお友達が2人、わざわざ船に乗って
アロマトリートメントを受けにきてくれたり
(その後上の写真の食べ物をみんなで食べた)






お彼岸を言い訳におはぎもこしらえて
久々にパンがぷっくり膨らんでくれたので
今度パン持って行くね〜とだいぶ前から約束していた
お友達家へやっと持って行けたり。
そしたら、お返しに、とパン友達の
美味しい優しいパンをもらっちゃったり。




とても素敵な幸せな週末でした。

みなさんありがとう。



2013-09-22

早起き




目覚めたばかりのお日様におはようのあいさつができて
5時起きの2人組、嬉しかった。



2013-09-21

光の源


自分を強くさせ(そしていつか他の誰かも)
精神的な成長をもたらす学びや気付きは
深い悲しみや辛さや苦しみの中から掴み取れることが多い。

幸せや喜びの噴水から生まれ、キラキラした歓喜の爆弾
(その幸せをさらに広げるパワーを持つもの)も素晴らしいが
苦悩から生まれるものには魂を揺さぶるような力強さが宿る。


あのときの苦しみには、こんな意味があったのか。
そう思えるようになるまでにいくらかの年月を要するかもしれない。

しかし今のあなたを苦悩の渦や闇に縛り付けているものは
いつか必ずその姿を変え
深いところからあなたを照らし支える光になる。























最近私は5、6年くらい前に自分が体験した苦しみが
第一弾の実を結び、自分の力として動き出したのを実感し始めている。


「明日の朝が来なければどんない良いだろう」などと
毎日真剣に考えるほどに自分を苦しめ追い詰めていたものが
いつの間にか自分の味方となり優しさや強さの源になっている。
とても不思議な感覚だ。

難しい病気と共に歩む日々から得ることのできた精神的な柔軟性も加わり
以前は存在しなかった弾力性が自分の中に生まれてきているのを感じる。




苦しい今の自分が何を思い何を考え
その苦しさや苦しさの中で感じたことを、どう扱うのか。
それらを、どのようなものにしていくのか。



苦しいとき辛いとき悲しいとき
一生懸命に考えてみるべきことは
これだけで良いはずだ。










ただし私もそうだったように
どうしようもない辛さのど真ん中にいるときには
このように説教臭い言葉は心に響きにくいかもしれない。

もしそうだったら、どんなに大きすぎる辛さや苦しみも
いつまでもは続かないということを忘れてしまっていないか
あなたの心に優しく尋ねてみてください。




2013-09-19

おはようの光





早起きして、まだ真っ暗な朝に出かけた。
折り返し地点にて、お日様からのおはようが。
一日の始まりのやわらかな輝きを感じられて嬉しかった。


カメラを持って行かなかったのがちょっと残念だな。

日の出前の海の表情もとても良かった。

9月の朝って、いいなぁ。

2013-09-18

染み渡る夕暮れ











最近、日暮れ頃の空がとても美しい。


日が沈むとすぐに真っ暗になるけど
そうすると今度は月が大きく微笑む輝く。







2013-09-17

最初はネコを探していました。

キアちゃんみたいにふわふわで大きなネコがいいなぁと思っていました。




が、一生懸命探して奇跡的に見つかり
やってきたのは小さな茶色と白の犬でした。

今から6年前のこと。


 



初めて一緒に家へ帰る車の中
新しい子犬を胸に抱いてその小さな温もりに感動していると
『やっと会えたね』という声が聴こえてきた。






ちょこちょこと歩く姿が可愛いので『チョコ』と名付けた。


最初から夜は自分のクレートでひとりで寝れるお利口さんだった。
人間と一緒に寝るようになったのは2歳になって日本へ引っ越してきて、
父母に溺愛されてから。










自分のおもちゃを破壊する技はプロ級だが
家具や靴や、その他人間の持ち物にいたずらしたり壊したりはほとんどなかった。

これは地球の反対側へ飛んできてからも変わらないから
本当にありがたく、助かっている。

(ただし松かさはあらゆる手段を使って探し出し盗み出し破壊する。例えばこのように






皮膚炎を起こして手足やお尻の毛が禿げて赤くなってしまったので
『ちょこざる』というニックネームをつけていたこともあったなぁ。










生後6ヶ月頃、お母さん、兄弟と再会。
獣医師の資格も持つブリーダーさんはとても暖かくて良心的で
しかも英語も堪能で、沢山支えてもらった。





暮らした街は、小型犬を連れてのんびり外を歩けるような環境ではなく
散歩の代わりに毎日タイルの庭でボールを投げて遊ばせた。

だから、チョコは今でもボール遊びの達人。




順調に大きくなり、たまにきれいな公園へ
お散歩にも連れて行ってあげられるようになった。











1月の空、南半球は夏。

ブラジルと言っても、南部は冬になれば結構寒いんですよ。











本当は今回、サンパウロから小豆島への旅について
書きたいと思っていたのだが
その辺りの写真のデータCDが現在ごっそり行方不明中。。




なので、サンパウロ郊外の公園から小豆島の桜公園へ一気に飛びます。





今年の桜の季節に撮った
ブログに掲載する機会を逃してしまった写真たち。







 




キャバリアのチョコが
わたしの歩む道へやってきてくれてから6年が経った。






出会って6年目の日は、台風が通り過ぎた後の雲ひとつない青空で
彼はめずらしくご機嫌な笑顔で一緒に写真に収まってくれた。





可愛いとか綺麗とか賢いとか、様々な暖かい言葉を沢山の人たちから
ポルトガル語と英語と日本語の3カ国語の笑顔で浴びせてもらいながら、チョコは生きてきた。
その6年間が、彼の笑顔と陽気な性格の源だ。

キャバリアのチョコとは、
沢山の愛や暖かな心が集まって形になったものだ。


そして、その陽気な毛むくじゃらの愛に支えられ見守られて生きているのがわたし。



感謝をしないといけない人たちが多過ぎてどうしようかと困ってしまう。


今後も出かけた先で出会う人たち、家に来てくれる人たちや
写真を見てくれる人たちに小さな癒しや笑いや愛を振りまいていけるように

これからもこの犬の素晴らしさをさらに引き出してあげられるような
接し方を続けていければと思う。

自分にできる恩返しは、それくらいだろうから。






先日、坂道をガンガン歩く散歩コースの後半に
チョコがややバテ気味だったので
しばらく抱っこをして歩いた。

チョコやん。もしいつかあなたが歩けなくなる日がやって来たならば
そのときは、こうやって抱っこでお散歩に行こうね。

あなたが今までずっとわたしを守ってきてくれたように
わたしもずっとずっとあなたのことを守って大事大事にするからね。


かっこつけてそんな風に愛犬に語りかけてみたものの
まだまだ愛犬に支えられる方が圧倒的に多い日々が続きそうだ。



とは言え、お互いに残された時間の長さや短さは誰にも分からない。
いつ何があったとしても大きな後悔のないように
共にこの星の大地で生きられる時間を貴重な宝物として
日々を過ごしたいと改めて思った。


気がつくと、いつものようにおしっこをひりかけて黄色くなった愛犬の前足が
下ろしたてのカナダ土産のTシャツの袖にしっかりとべったりと乗せられていた。