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11月, 2016の投稿を表示しています

晩秋の寒霞渓、2016

貴重な晴れ日に紅葉撮影に出かけることができました。
山の上の方の紅葉は、そろそろ終わりが近づいている感じ。

最後の3枚は、石門にて。




偉大なる愛の言葉

繰り返し、自分の力となっている言葉を紹介します。









ですから、決して絶望してはいけません。落胆してはいけません。くよくよしてはなりません。心に不安の念を宿してはなりません。恐怖心を近づけてはなりません。取り越し苦労は蹴ちらしなさい。そんな憂うつな有難からぬ客を絶対に魂の奥の間へ招き入れてはなりません。 潮文社『シルバー・バーチの霊訓』(1)p.192 







シルバーバーチの言葉は、深い愛と真実の言葉ばかりで
どれも強力に救い導いてくれるのだが、一番自分の支えになっているのがこのフレーズである。




初めて読んだとき、私は無力感に包まれ落ち込んでいて、 原因はよく覚えていないので大した事態ではなかったのだろうが
この言葉はとても厳しく伝わり、受け入れ難いと思った。
こんなに辛くてこんなに絶望感を感じていて ひとりで静かに泣きたいと思っているのに、 絶望してはいけません、落胆してはいけませんって、どういうこと? 何て厳しいんだ‥と。


しかし、間もなくこれらの言葉の意味を理解することができ
その言葉の源にある偉大なる親の愛のような力強さに気づいた。
大きくて完璧な愛の言葉に感動の涙を流したのだった。


どんなに苦しく困難な状況でも
霊の力、宇宙を支配する法則(神の愛)に揺るぎない信頼を置き身を委ね
摂理に沿った生き方を心がけていれば、あなたは
その困難な状況から自らを救い出す力を授かることができる。
自らの意思を強く持て。
物質世界の苦しみや困難に屈してはならぬ。



物質界の試練に屈することのない自分を維持することができれば
本当に何一つ恐れるものはない。
取り越し苦労を蹴散らしながら
わたしたちは勇敢に生き続けるのだ。





青が美しい朝

先日出会った眺め。

小豆島なのだけど、どこか別の国の入り江か湖を眺めているような気がして
思わず立ち止まり写真を撮った。


空の青と海の青さがどちらも、不思議な感覚で惹き付けるような美しさで
お互いがお互いをさらに美しく魅せている。

そんな感じだった。






美しい青の朝だった。

「タイタニック 沈没から始まった永遠の旅」
という本を読んでいるのだが、原書のタイトルが The Blue Island で
その本では、私たちの肉体の死後、霊体がまず移行する場所が
ブルーアイランドと呼ばれている。
青い色調につつまれた世界だという。

恐らく、この世では感じることのできない青なのだろうが
この世の青にも色々な表情の青があり
日々海や空の側にいると、今日のこの青はこういう青だなぁと
感じるようになる。
世界中の美しい青い宝石をかき集めてみても
今日の夕刻の、海の深く穏やかな青の癒しを超える色合いは
見つからないだろう、みたいな。


岬の先の浜辺で、あの青い海を見たのは
いつだったっけ‥?





四方指紅葉チェック

紅葉チェックに行ってきた。

良いカメラで撮るとそれなりの色彩が見えるのだが
実物ははっきり言って目に沁みるような鮮やかさではなかった‥


やはり、夏の異常な暑さの影響なのかな。

地球は、自然は
私たち人間の歩みを確実に
自らの身に刻み込み
私たちに示してくれる。

自然の愛と正確さを感じた。


季節はもう晩秋。

今年の締めくくりに入ろうとしている。

みなさんの2016年は、どんな感じに仕上がっていますか?










星が城からの眺め。




空が不思議なグラデーションだった。



旅立った人は、どんどん進んでいく。

気持ちの良い青空の季節になった。
朝晩は寒くなり、そして家の中の寒さ対策、そろそろどうにかせねば‥

近づく紅葉が楽しみです。






先日の夜、実家の両親と
祖母のささやかなメモリアルを行った。

祖母が旅立って3年が経った。
実感的には、5年とか7年くらい経ったような気がする。
祖母にたずねてみた。
この世を旅立った人にとって、3年とはどんな感覚ですか?

あちらでは時間の感覚がだいぶ異なるのだと思う。
祖母は、私たちよりも10年とか20年くらいは先を行っているような気がした。
もっともっと先かもしれない。
こちらで「生きていた」ときの祖母とは、かなりの別人というか別人種というか、
言葉では上手く説明できないが意識の部類、種類が別物なのだ。
でも、愛で繋がっているから祖母だとすぐに分かる。

「死んだ」人は、死んだときのまま時が止まってしまうのではない。
全くない。
旅立った人は、どんどん進んでいく。

今回、このことを改めて強く感じた。

私は声に出して話したわけではないのに
隣にいた父親が全く同じようなことを言ったので驚いた。








種まき一ヶ月後

10月1日に種蒔いた畑、11月1日の姿。



ありがたいことに、元気に育ってくれている!
もう料理に使えそう。 けど、ネギとパセリとセロリ以外、まだ一度も使っていません。
なぜなら、実家の畑から大量にもらうので‥ これでもか!というくらいに大根葉、かぶ、小松菜、ほうれん草な、嬉しい日々。
今朝はほうれん草ぎっしりのオムレツに
今夜はかぶ沢山のミネストローネ、みたいな。



野菜を育てることは 土を耕し畑をつくることから始まり 適切な時期に収穫し、調理し美味しくいただき それが食べた人の栄養となり力となるまで、 繋がっている。

それぞれのプロセスに労力も時間も沢山要するので 自分で作るよりも、綺麗にパッケージされたものを買ってきた方が 何倍も楽である。しかし、育てる手間や苦労を知っているからこそ 丁寧に使いたいし、最後まで美味しく感謝して頂きたいとの思いが 自然にわき上がってくる。
そんな自分でありたいと思う。


これは10月中旬ごろ。