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カモミールと蝶

カモミールに小さな蝶



手を近づけても、羽の後ろを指先でチョンと触れても全く動かず
何枚も写真を撮らせてもらった。

蝶ってこんなにのんびりしてて
こんなに可愛かったっけ?



”霊は生命であり、生命は霊です。
それゆえ、生きとし生けるものすべてがーー小鳥も魚も花も果実も、みな霊なのです。”

シルバー・バーチの霊訓(十)p. 203









隙間時間を見つけては庭畑仕事。
例えば30分タイマーをかけ
駐車場への通り道をジャングル化しようとしていたカラスノエンドウを
おりゃ〜!!と片付け
その後18時から暗くなるまでの一時間
庭の草抜きと畑の冬野菜(巨大菜の花の大群)の片付けも。

あとは抜いた大量の雑草や
菜の花たち(自分の背より高い)の撤去。

それから土を耕して整える。


何に関してもゆっくりじっくり‥丁寧だが何かと時間がかかり過ぎて
困ることも多い私なのに草抜きのときだけは即決即断、大量の作業を短時間でこなすので
驚かれるし、自画自賛だが自分でも感心してしまう。
こんなに草抜きができるのなら
草抜きを仕事にすればいいのではと思ったりしてしまう。


土や植物に触れることが
元気の源であることには間違いない。


これからも
自然と調和して生きたい。

改めて思うのです。







夏野菜、何を植えようかな。
ゴーヤー、ミニトマト、ナス、バジルは絶対。
ピーマンやキュウリもいいな。
夏野菜は支柱を立てたりネットを張ったり
水やりも必要になるし、紫外線や蚊との闘いにもなるし
冬野菜よりも労力も時間もかかることは知っている。
けど、やってみたいんだ。
自分で育てた野菜を食べたいんだもの。
そしてそこから得た元気や喜びや感動を
出会う人たちに分け与えたい。
収穫したてのゴーヤースムージーの幸せを
今の場所でも味わうために、がんばるのだ。





春の写真が沢山溜まっているので、また日付をさかのぼり更新していこうと思っています。


コメント

Kenji さんのコメント…
蝶と花の可愛さに癒されます。生命の息吹を感じる素敵な写真です。

読ませていただいていると、いつの間にか頬が緩んでいました。ものすごくまっすぐに楽しいって気持ちが伝わってきたので。
こうして育てた野菜は心にも身体にも栄養満点ですね!そしてMiyaさんから伝わったものが誰かの心を元気にしてくれる。本当に素晴らしいです。やっぱり愛ですね。

コメント投稿が上手くいかず再投稿したので、複数コメントが入っていたらごめんなさい。
Miya さんの投稿…
Kenjiさんへ

5月が始まりましたね。
温かいコメントをありがとうございます。
文章や写真の背後にある思いを察し、共感してくださり
とても嬉しく思っています。

先日親に手伝ってもらい実家の古い耕耘機を運んできて、畑を耕しましたよ。
バイクに乗ることもイメージと違う!と驚かれたり面白がられたりすることも多いのですが
レトロな耕耘機を引きずり回している様子はもっと面白いかもしれませんね(笑)
身体を使い、大地や土地を直に感じることがやっぱり好きなんだと思います。

五月の連休は、どこかへお出かけでしょうか。
楽しく過ごせますように。

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気持ちの良い青空の季節になった。
朝晩は寒くなり、そして家の中の寒さ対策、そろそろどうにかせねば‥

近づく紅葉が楽しみです。






先日の夜、実家の両親と
祖母のささやかなメモリアルを行った。

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全くない。
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今回、このことを改めて強く感じた。

私は声に出して話したわけではないのに
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絶対に許してはならないこと

「絶対に許してはならないことは不安の念を心に居座わらせることです。取越苦労は魂を朽ちさせ、弱らせ、蝕みます。判断力を鈍らせます。理性を曇らせます。事態を明確に見きわめることを妨げます。いかなる人間も自分で解決できないほどの問題はけっして与えられません。克服できないほどの大きな障害は生じません――内在する神性が発揮されるような心掛けをしておればの話ですが……。地上の人間は、少数の例外を除いて、まだまだ本当の意味で生きているとは言えません。内在する霊的属性のごくごく一部しか発揮しておりません。よくよくの危機、よくよくの非常事態において、その霊力が呼び覚まされて勇気と知恵とを与えてくれますが、本来はいつでも引き出せるものです。病気を治し、迷いの時に指針を与え、悩みの時には指導を与え、疲れた時には力を与え、視野がさえぎられている時には洞察力を与えてくれます。それを可能にするのはあなた方の心掛け一つにかかっております」

シルバー・バーチの霊訓(三)二章 悲しい時、苦しい時こそ  p. 34 ~ 35

人がこの世を旅立つということ

「ほな行ってくるわ。後のことは頼んだで。」

雨の翌日の朝、父はそう言って船に乗り出かけて行った。

その言葉を聞き、はっとした。


たぶん父親は、同じような言葉を自分に言い残して 霊界へと旅立つのだろう。
そして、人がこの世を旅立つということは
本来はこんな感じなのだろうなと思った。
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愛する人がそのような解放と喜びを体験しようとしているのだ。
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先日の朝、私は(近頃の自分にしては)がんばってとても早起きをし実家へ帰り 父を港まで送って行った。 その足でチョコを散歩に連れて行き 桜道を歩きながら色々と思いを馳せたのだった。