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守護霊の愛と苦労



「私はいつも思うのですが、地上の人々、中でもとくに霊的知識を手にされた方が背後霊の存在を実感をもって認識してくだされば、どんなに有難いことでしょう。地上の愛する者へ無益な害が及ばないように庇い、守り、導いている霊の姿を一目ご覧になることができれば、と思うのです。その影響力の大きさを知ることができたら、明日のことを思い煩うようなことは絶対にしなくなるでしょう。」  シルバーバーチの霊訓(10)p. 65







ぼくもみやちゃんと同じレベルだけど自分は
肉体が無い分 よく見えるしよく解ることが多い


日の出の少し前、まどろんでいる時にはっきりと聞こえてきた声。

守護霊の声だ、とすぐに直観した。
睡眠中、手を引いてどこかへ連れて行ってくれていたようだ。

声が消えたあとは、空にメッセージが並んだ。
実際に窓の外の空に、ではなく霊視のイメージですね)
ブロック文字が次々と現れては並び、生きたメッセージカードのようだった。
メッセージの内容は明確には覚えていないのだが
愛を含む何かを一生懸命伝えようとしてくれているのは分かり、嬉しくて涙が出た。


自分はひとりではない。
姿は見えないが、一緒に歩み全力でサポートしてくれている存在が大勢いる。
大勢から愛され守られ、導かれているのだ。
分かっているつもりだが終わりのない日常の雑事や問題に追われていると、
ついつい忘れかけてしまう。。









あなたが苦しんでいる時、辛い時、涙を流す時、私も一緒に苦しみ涙を流しています。
霊的成長のための試練に対面している時、手出しせずに見守るしかできないのは本当に辛い。
できることなら代わってあげたいと思うが、それは許されません。
そしてあなたの心が不安や悲しみ、怒り等、重々しい思念でいっぱいになり
私たちを寄せ付けない状態になってしまっている時が何よりも辛い。
それらの重たい想念はこちらからの援助を拒絶してしまうのです。
大切な相手が苦しんでいるのに、何もできないのです。
私たちはただ忍耐強く、あなたの霊の心が開くのを待つしかありません。


しかし、あなたの霊の心が開き、霊の目で見れるようになり
試練を受け入れ、苦しみから学び、また一つ霊的に成長できた時
私たちが味わう幸せや喜びは格別です。

あなたが自身の都合や損得よりも人のために、と思えた時、そして行動に移せた時
私たちにとって、こんなに嬉しいことはありません。
それができている限り、あなたの地上人生のコンパスは正しい方向を指しています。
人間はそうやって霊界からの援助、宇宙最大の力を引き寄せ、引き出すことができます。







忘れられ、感謝もされず、認識さえされることがなくても
守護霊はひと時も私たちを見捨てることなく、私たちを愛し導き、寄り添ってくれている。

この上なく困難な仕事に取り組みながら
この上なく尊い愛のお手本を私たちに示してくれている。

どんなに忙しくても、どんなに疲れていても
一日の終わりに守護霊への感謝の祈りを欠かさないようにしたい。





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気持ちの良い青空の季節になった。
朝晩は寒くなり、そして家の中の寒さ対策、そろそろどうにかせねば‥

近づく紅葉が楽しみです。






先日の夜、実家の両親と
祖母のささやかなメモリアルを行った。

祖母が旅立って3年が経った。
実感的には、5年とか7年くらい経ったような気がする。
祖母にたずねてみた。
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言葉では上手く説明できないが意識の部類、種類が別物なのだ。
でも、愛で繋がっているから祖母だとすぐに分かる。

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全くない。
旅立った人は、どんどん進んでいく。

今回、このことを改めて強く感じた。

私は声に出して話したわけではないのに
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絶対に許してはならないこと

「絶対に許してはならないことは不安の念を心に居座わらせることです。取越苦労は魂を朽ちさせ、弱らせ、蝕みます。判断力を鈍らせます。理性を曇らせます。事態を明確に見きわめることを妨げます。いかなる人間も自分で解決できないほどの問題はけっして与えられません。克服できないほどの大きな障害は生じません――内在する神性が発揮されるような心掛けをしておればの話ですが……。地上の人間は、少数の例外を除いて、まだまだ本当の意味で生きているとは言えません。内在する霊的属性のごくごく一部しか発揮しておりません。よくよくの危機、よくよくの非常事態において、その霊力が呼び覚まされて勇気と知恵とを与えてくれますが、本来はいつでも引き出せるものです。病気を治し、迷いの時に指針を与え、悩みの時には指導を与え、疲れた時には力を与え、視野がさえぎられている時には洞察力を与えてくれます。それを可能にするのはあなた方の心掛け一つにかかっております」

シルバー・バーチの霊訓(三)二章 悲しい時、苦しい時こそ  p. 34 ~ 35

人がこの世を旅立つということ

「ほな行ってくるわ。後のことは頼んだで。」

雨の翌日の朝、父はそう言って船に乗り出かけて行った。

その言葉を聞き、はっとした。


たぶん父親は、同じような言葉を自分に言い残して 霊界へと旅立つのだろう。
そして、人がこの世を旅立つということは
本来はこんな感じなのだろうなと思った。
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先日の朝、私は(近頃の自分にしては)がんばってとても早起きをし実家へ帰り 父を港まで送って行った。 その足でチョコを散歩に連れて行き 桜道を歩きながら色々と思いを馳せたのだった。