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物の儚さ



欲しくて欲しくて手に入れた物や、誰かからもらった物。
初めは嬉しくて肌身離さず持ち歩いたり大事にしていても
しばらく経つと興味やかつての喜びが薄れてきて
いつの間にか空間を占領するガラクタになっていた。

自分も含め、多くの人が何度となくこのような体験をしているのではないだろうか。
それは、物資には我々を真に満足させる力がないからである。


喜びの源は一生懸命頑張って努力した結果、欲しい物を手に入れることができた
満足感や達成感だったり
誰かが自分のために何かを選び贈ってくれた
その相手の愛や気遣いにあるもの。

我々の心を躍らせたり感動させたりするのは
物質そのものではないということを
理解しておきたい。

物質に絡みついている感情や欲望が
我々は物を得ることで幸せになれると錯覚させている。

本当に価値のあるもの
我々が本当の意味で幸せ、そして豊かになるために
求めるべきは、魂の成長につながることである。
それらは決して時が経つにつれて飽きてきたり
そのうち不要な荷物となり、処分するかどうかで
迷い悩むようなことにはならない。


シルバー・バーチの教えでよく言われる大切なことの一つに、
物質には実体がなく、地上界限定のただの道具に過ぎないということがある。
我々の本体である霊に対して、肉体や他の物質は一時的な殻のような
霊の影のような存在だという。

肉体を持ち、物に囲まれ、物に頼りながらの生活をしていると
そのような考え方を理解し事実として受け入れるのはなかなか難しいと思う。

しかし自分は最近、大量の古い物の整理や片付けをしないといけない時期になり
物質の儚さや物欲の愚かさを痛いほどに感じている。

今はもう持っていてもあまり意味のないものや、
スペースを占領し自分が身動きできる空間を狭くしているだけのものが
次から次へと出てくる。
それらのどれもが、当時は欲しくて必要だと思い買ったものや、
買ってもらったもの、もらって嬉しかったものだった。

物質も肉体も幻影、という言葉が自分の中で事実となってきている。







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